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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1412号 判決

大阪府岸和田市〈以下省略〉

平成九年(ネ)第一五三五号事件控訴人・

同年(ネ)第一四一二号事件被控訴人

(以下「第一審原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

中嶋弘

東京都中央区〈以下省略〉

平成九年(ネ)第一四一二号事件控訴人・

野村證券株式会社

同年(ネ)第一五三五号事件被控訴人

(以下「第一審被告」という。)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

澤辺朝雄

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  平成九年(ネ)第一四一二号事件にかかる控訴費用は、第一審被告の負担とし、平成九年(ネ)第一五三五号事件にかかる控訴費用は、第一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  平成九年(ネ)第一四一二号事件

1  控訴の趣旨(第一審被告)

(一) 原判決主文第一項を取り消す。

(二) 右取消しにかかる第一審原告の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

2  答弁(第一審原告)

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審被告の負担とする。

二  平成九年(ネ)第一五三五号事件

1  控訴の趣旨(第一審原告)

(一) 原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告に対し、金六七二万一四一一円及びこれに対する平成五年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  答弁(第一審被告)

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審原告の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要(争いがない事実、争点、争点に関する当事者の主張)は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄(三頁四行目から一四頁末行まで)と同じであるからこれを引用する。

一  文中「原告」とあるを「第一審原告」と、「被告」とあるを「第一審被告」と、「別紙」とあるを「原判決添付別紙」と各訂正する。

二  三頁七行目の「七〇九条、七一五条」を「四一五条あるいは七〇九条、七一五条(両者は選択的)」と訂正する。

三  八頁二行目の「理論価値」の前に「平成三年二月二六日に第一審原告がこれを購入する時点で」を付加する。

四  一一頁五行目の末尾に「また、第一審原告と第一審被告の本件各ワラントの売買取引において、第一審被告は第一審原告に対し、第一審原告に不測の損害を与えないようその取引対象物(ワラント債)について説明・助言を尽くすべき義務(その具体的内容は、前記(一)(1)ないし(3)に同じ。)を負っていたところ、第一審被告は右義務に反した結果、第一審原告に前記の損害を生ぜしめたのであるから、第一審被告は民法四一五条に基づいて、右損害につき債務不履行による損害賠償責任を負う。(右両者は、選択的併合の関係にある。)」を付加する。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審の各記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄(一五頁四行目から四八頁五行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  文中「原告」とあるを「第一審原告」と、「被告」とあるを「第一審被告」と、「別紙」とあるを「原判決添付別紙」と各訂正する。

2  一六頁三行目の「原告は、」から同五行目末尾までを次のとおり訂正する。

「第一審原告は、かねてから地元の証券会社を通じて株式取引を行っていたが、第一審被告と取引を始めた後の平成二年ころには、第一審被告に対し、総額約五〇〇〇万円の有価証券等を保護預かりとして寄託していた。そして、第一審原告は、敷地約五〇〇坪を超える自宅に住み、不動産賃貸業の経営により月額約四〇〇万円ないし五〇〇万円の賃料収入がある資産家であった。」

3  一九頁五行目から六行目の「有望であることなどを」を「有望であるから値上がりした際、その儲け得る効率がよいということを中心に」と訂正し、同九行目の「営業時間終了後」の次に「の午後八時前後」を付加する。

4  二二頁一行目の「原告が保有している割引国債」を「同年同月末ころ第一審原告が保有している割引国債(原判決添付別紙売買取引計算書No.2の番号2)」と訂正し、同二行目の「六〇〇〇株」の次に「(同売買取引計算書No.3の番号1及び同売買取引計算書No.4の番号2)」を、同行目の「転換社債」の次に「(同売買取引計算書No.3の番号11)」をそれぞれ付加し、同四行目の「二六〇万円余り」を「合計約三一七万円」と訂正する。

5  二三頁一行目から二行目の「購入を勧め、原告はこれに従った。」を「購入を勧めた。この時、Bはその約一週間前に、同じくBの勧めに従って第一審原告が購入していた三菱電機の転換社債(原判決添付別紙売買取引計算書No.4の番号10)を売却し、この売却代金を右購入資金に充てればよい、右転換社債の売買に関しては売却損が生ずるが(右時点で売却すると約八万円の損が生ずることになる。)、東急不動産ワラントの価格の上昇が見込め、これが十分期待できるから右売却損も取り戻せると述べて勧誘した。右内容の勧誘に対し、第一審原告は右転換社債を購入して間なしであるので右売却することを渋ったが、結局、Bの右言を信じて三菱電機の転換社債を売却し、その売却代金を購入資金として東急不動産ワラントを購入することを了承した。」と訂正し、同三行目から四行目の「その当時でもほとんど取引が行われておらず」を「平成三年二月二六日の購入時点でもほとんど取引が行われておらず、右時点で一九・〇ポイントの単価であったものが」と訂正し、同九行目の「東急不動産ワラント」を「第一審原告が東急不動産ワラントを購入後、同ワラント」と訂正する。

6  二五頁一〇行目の「回答書等に」の次に「、その時点での現在高等は第一審原告の不服の有無にかかわらず、そのとおり間違いないのであろうと考え、右送付されてきた各書面に記載されている金額等の数字はそのとおりであることを認める趣旨で」を付加する。

7  二六頁三行目の「何らの」を「自ら積極的に売り時のアドバイスを求める等の」と訂正する。

8  二八頁二行目の「四年」を「三年末ないし同四年」と、同三行目の「同年」を「平成三年」と各訂正する。

9  二九頁七行目末尾に次のとおり付加する。

「(第一審被告は右確認書の用紙は、国内新株引受権証券取引説明書及び外国新株引受権証券取引説明書(乙三号)から切り離すことになっているものであるから、第一審原告(の妻)の署名捺印がなされた右確認書(乙二号証)が存在することは、右一月一八日昼ころにBが第一審原告の妻に右確認書付き各説明書を交付したことは間違いないと主張する。しかし、右確認書は、右のとおり、阿佐社員が第一審原告の妻に署名を求め、同女の署名を得て交付を受けたというのである(第一審原告が既に署名していたものでない。)から、その前に右各説明書が第一審原告に交付されていたと即断することはできないし、また、第一審被告の主張のとおり、Bが一月一八日(金曜日)昼頃に第一審原告方を訪問し右各説明書を第一審原告の妻に交付したとしても、右時点までにBが第一審原告に対してワラントについて説明したのは電話による比較的短時間の通り一遍の内容だけであって直接会って説明をしていないのであるから、第一審原告が同日の午後八時前後までの間に右各説明書を妻から受け取りこれに目を通し、その内容を十分に理解したうえでワラントの注文を出したとするには相当な疑問が残る。Bとしては、直接第一審原告と会って説明書の内容について具体的に説明すべきであったというべきである。」を付加する。

10  三三頁七行目から三四頁九行目までを削除する。

11  三六頁六行目の「知識、」の次に「投資意向、」を付加する。

12  三七頁一行目から五行目までを次のとおり訂正する。

「う説明義務があるというべきである。また、証券会社を信頼してその勧誘に応じて取引をなした経験不足な投資家が、取引後においても証券会社に対して情報等の提供を期待しているような具体的な関係がある場合には、証券会社としては説明義務の延長としてまた信義則上、取引後においても適切な助言をなすべき義務があるというべきである。」

13  三八頁四行目の「理解をさせるように」から七行目末行までを次の通り訂正する。

「理解をさせるように努めるべきであり、また投資家との具体的な事情に応じて取引後においても適切な助言をなすべきである。」

14  三九頁一行目から二行目の「独自の見解に基づくものというほかなく、いずれも採用の限りではない。」を「本件各ワラントの取引が証券取引法にいう「売出し」に該当する事実を認めるに足りず、したがって、第一審原告のいう脱法行為の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。また、ワラントの発行、流通は、わが国の法制度において認められているものであるところ、第一審原告は、ワラント取引が、機関投資家・事業法人以外の一般投資家向けに販売されるに相応しい条件(環境)即ち①証券面上の文言が日本語で記載されていること、②売買が公開市場で行われていること、③売買価格が毎日一般新聞で公表されていて売買の判断に供しやすいことの三つが具備されていないから、ワラントの右一般投資家向け取引は公序良俗に反すると主張するが、法は右条件を設けておらず、右条件(環境)が整備されていないということのみで直ちに本件各ワラントの取引が公序良俗に反するということはできず、第一審原告の右主張は独自の見解というべきであって採用できない。」と訂正し、同五行目の「説明義務及び助言義務」を「説明義務等」と訂正する。

15  四〇頁二行目の末尾に次のとおり付加する。

「そして、後記(二)に述べるとおり、第一審原告は、本件各ワラントの取引を行うまで信用取引等の危険性の高い証券取引の経験はなかったのであるから、第一審被告の社員から外貨建てワラントの取引を勧められた際、自己の取引方針に反するとしてこれを拒絶することができた(第一審被告の社員が右勧誘を強引あるいは執拗に行い、第一審原告がやむなく本件ワラント取引に応じざるを得なかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。)にもかかわらず拒絶しなかったことは幾らかの投資意向の表明があったものと解されるところ、第一審被告の社員Bにおいて、右の如き投資意向を含めた諸事情を総合考慮して第一審原告が外貨建てワラント取引に適合すると判断したことをもって違法であるということはできず、また、右のとおり適合すると判断したことに重大な過失があるということもできない。」

16  四一頁四行目の「必要であり、特に」から同九行目の「説明すべきであった」までを「必要であった」と訂正する。

17  四二頁四行目の「交付していない」の次に「、仮に交付していたとしてもその内容を十分に理解し得るような具体的な措置を執っていない」を付加する。

18  四三頁一〇行目の「判断をなし得ないこと」から四四頁末行までを次のとおり訂正する。

「判断をなし得ないことを十分認識していたはずである。その上、右のオムロンワラントは購入(一月二一日)後一〇日ばかりで売却し、右売却の翌日(一月三一日)には、その資金のために国債や株等を売却したうえ、京セラワラントを購入し、京セラワラントは二〇日ばかり後(二月一八日)に売却し、それから数日後(二月二六日)に本件東急不動産ワラントを購入しているのであるが、これら第一審原告の一連の取引(国債等の売却も含め)はいずれもBを信用し、その勧誘に異を挟むことなく即応したことによるものである。すなわち、Bは右のとおり第一審原告が右オムロン及び京セラの両ワラントを購入した直後には第一審原告に対して即座といっても過言でない時期に右両ワラントの売却を指示して、それに従わせていたのであり、更に、購入直後の三菱電機の転換社債を売却してその売却代金を購入資金として東急不動産ワラントを購入するよう勧め、右転換社債の売り買いにより生ずる売却損は投資効率のよい東急不動産ワラントの購入によって取り戻せるという内容の勧誘をしており、第一審原告は売却損が出るので右売却を躊躇したものの、Bから右のような断定的判断に近いといえる勧誘文句に従い東急不動産ワラントを購入したのであり、このような取引経過及び両者の関係からすると、第一審原告としては東急不動産ワラントについてもBからその売却等の処置につき当然指示・助言をもらえるものと期待していたとするのが自然の流れであり、他方、B(第一審被告)としては、第一審原告の右のような期待を十分理解していたというべきであるから、説明義務の延長として、又は信義則上右期待に応じるべく適切な措置を執るべき義務があったというべきである。しかるに、Bは、東急不動産ワラントが値崩れを起こすや、第一審原告と具体的な連絡を全く取らなくなり(各時点で、ワラントの時価評価を記載した書面を送付するのみであった。)、結果として、ワラントの権利行使期限まで徒過させてしまったのである。」

19  四五頁二行目から三行目の「説明義務及び助言義務に違反するものとして、」を「説明義務等に違反しているから、」と、同九行目から一〇行目の「本件ワラント取引に伴う説明義務違反及びワラント売却後の助言義務違反の行為」を「本件ワラント取引に伴う第一審被告の説明義務等違反の行為」と各訂正する。

20  四六頁一行目の「前記の実損害額」の次に「即ち六一一万〇四一一円―当事者間に争いがない金額」を加入する。

21  四七頁一〇行目末尾に次のとおり付加する。

「第一審被告は、平成三年一月ないし三月ころ、ワラント取引の仕組み、特性、リスク等に関する新聞記事が繰り返し掲載され一般に周知されていたから、第一審原告のワラント取引に関する知識は相当程度高度なものとなっていた旨主張する。しかし、新聞紙上に右内容の記事が掲載されていたことをもって、第一審原告が、自ら積極的に東急不動産ワラントの買付けをなし、かつ売却について適切な判断をなし得る知識を有していたと即断することはできない。また、第一審被告は権利行使期間が二年を切ったワラントも二年以上の行使期間のあるワラントと同様に合理的な時価で売買できると主張する。一般理論上はそうであるにしても、それまでワラント取引を一度も行ったことのない第一審原告にとって、ワラント価格がどのような期間(サイクル等)に、どのような価格変動(上昇・下降の幅等)をするのか、これに為替変動が加わるとどのような値動きをするのかという点については全く未知であったのである(第一審原告は、東急不動産ワラントの購入前にオムロンワラント及び京セラワラントを各購入したが、Bの指示どおり、いずれも極く短期間のうちに売却してしまったから、第一審原告においてワラントの価格につき右事項等を検討する時間的余裕もなかったといえる。)から、二年以内の短期間にその売却時期、価格の判断を自ら行うことは二年以上の行使期間があるワラントについて右判断を行うことよりも困難であり、また、行使期間が長ければ長いほど一般的にはその期間中に値戻しする可能性も増えるから、東急不動産ワラントは右の意味で不利なワラントであったといわざるをえず(Bはこのようなワラントを第一審原告に購入させた)、第一審原告において自らの判断で、適切で相当な売却時期・価格を決することができたということはできない。さらに、第一審被告は、それではいかなる時点でいかなるポイント単価となった場合に第一審原告に東急不動産ワラントの売却を指示・助言すべきであったのかと主張するが、第一審被告においても顧客にとって最良の時期(最高の売却利益を確保できる時期)を指示・助言することは不可能であるとしても、前記一1(一)(5)のごとき内容の勧誘をした以上は、いわゆる損切りも止むを得ないものとして第一審原告にとってできるだけ損害が少額で済む頃合いを見計らって売却の指示・助言をすることが当然期待されたといえるのであり、これは、顧客が第一審被告に不可能を強いるものであるというのであれば、そもそも第一審被告において少なくとも本件東急不動産ワラントにつき、前記一1(一)(5)のごとき方法・文句を使用して勧誘すべきでなかったというべきである。他方、第一審原告は本件において第一審被告の行為は、脱法行為あるいは公序良俗違反に該当する内容のものであるから安易に過失相殺すべきではないと主張するが、前記一2に認定のとおり第一審被告の行為、態度が脱法行為あるいは公序良俗違反に該当するとはいえず、右理由から第一審原告に生じた損害について過失相殺の処理を行うことを否定することはできない。」

二  以上のとおりであって、第一審原告及び第一審被告の本件各控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 高橋文仲 裁判官 辻本利雄)

〔参考資料〕原審、控訴審合体版 弁護士 三木俊博作成

平成一〇年一一月二六日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成九年(ネ)第一四一二号・同年(ネ)一五三五号 損害賠償請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所堺支部平成五年(ワ)第一四七一号)

(口頭弁論終結日 平成一〇年一〇月八日)

判決

大阪府岸和田市〈以下省略〉

平成九年(ネ)第一五三五号事件控訴人・同年(ネ)第一四一二号事件被控訴人(以下「第一審原告」という。) X

右訴訟代理人弁護士 三木俊博

同 中嶋弘

東京都中央区〈以下省略〉

平成九年(ネ)第一四一二号事件控訴人・同年(ネ)第一五三五号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。) 野村證券株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 澤辺朝雄

主文

一 本件各控訴を棄却する。

二 平成九年(ネ)第一四一二号事件にかかる控訴費用は、第一審被告の負担とし、平成九年(ネ)第一五三五号事件にかかる控訴費用は、第一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一 当事者の求めた裁判

一 平成九年(ネ)第一四一二号事件

1 控訴の趣旨(第一審被告)

(一) 原判決主文第一項を取り消す。

(二) 右取消しにかかる第一審原告の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

2 答弁(第一審原告)

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審被告の負担とする。

二 平成九年(ネ)第一五三五号

1 控訴の趣旨(第一審原告)

(一) 原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告に対し、金六七二万一四一一円及びこれに対する平成五年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2 答弁(第一審被告)

(一) 本件控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は、第一審原告の負担とする。

第二 事案の概要

本件は、一審被告の社員から勧められたワラント証券を購入した一審原告が、購入時に証券の性格及び危険性につき、十分な説明を受けなかったなどの理由により損害を被ったとして、民法四一五条あるいは七〇九条、七一五条(両者は選択的)に基づき損害賠償を請求した事案である。

一 争いがない事実

1 一審被告は、有価証券等の売買の媒介、取次等の証券業を営む株式会社である。

2 一審原告は、昭和六二年頃から、一審被告の堺支店を通じて、原判決添付別紙「売買取引計算書」記載のとおり、株式の取引を行っていたが、堺支店の社員B(以下「B」という。)に勧められ、以下のとおり、ワラント証券の取引を行った。

(一) オムロン外貨建ワラント(以下「オムロンワラント」という。)

(1) 購入日 平成三年一月二一日

(2) 単価 二二・〇ポイント

(3) 口数 三〇口分

(4) 代金 四四〇万二二〇〇円

(5) 売却日 同年一月三〇日

(6) 売却額 四五四万九〇二三円

(二) 京セラ外貨建ワラント(以下「京セラワラント」という。)

(1) 購入日 平成三年一月三一日

(2) 単価 四〇・七五ポイント

(3) 口数 二〇口分

(4) 代金 五三八万五一一二円

(5) 売却日 同年二月一八日

(6) 売却額 五四八万三三七八円

(三) 東急不動産外貨建ワラント(以下「東急不動産ワラント」という。)

(1) 購入日 平成三年二月二六日

(2) 単価 一九・〇ポイント

(3) 口数 五〇口分

(4) 代金 六三万五五〇〇円

3 右の東急不動産ワラントについては、一審原告が権利行使期限(平成五年六月三〇日)を徒過して無価値となったため、売却は不可能となった。

二 争点

1 一審被告の責任の存否(適合性の原則違反、説明義務違反、助言義務違反の有無)

2 一審原告の損害額

三 争点に関する当事者の主張

1 争点1について

(一) 一審原告の主張

(1) ワラントは、新株引受権を表章した証券で、基本的には株価に連動して値動きするが、株価の変動率よりも大きく値幅が変動する傾向があり、ハイリスクな投機性の高い金融商品である。

また、外貨建のワラントは、為替相場変動の影響も受けて値動きをする上、我が国の証券取引所に上場されておらず、価格形成過程自体が極めて不透明でもある。

とりわけ、東急不動産ワラントは、平成三年二月二六日に第一審原告がこれを購入する時点で理論価値がマイナスで投資価値が全くなく、権利行使期限まで二年四か月しかない特殊で高度な危険性を有するワラントであった。

したがって、証券会社が一般投資家にこのようなワラント証券の購入を勧める際には、これまでの投資経験、投資傾向、資力等この取引に適合する条件を備える者にのみ勧誘をすべきであり、また、その特質、内容、仕組みや危険性、取引態様等について、正確に理解できるように十分な説明をすべき義務がある。なお、証券会社が、顧客に対して、価格変動に関する断定的判断を提供することや、強引かつ執拗な勧誘をなすことは、取引の公正を損なうものであるから、当然禁止されている。

(2) また、ワラント取引は、前記のとおり、高度の経済知識と投資経験を必要とするものであり、一般投資家としては、事実上、ワラント証券を購入した証券会社に証券を買い戻してもらうほか、投下資金回収の手立てがないのであるから、顧客にワラント証券を販売した証券会社としては、販売後も一般投資家に対して、売り時期等について適宜のアドバイスを行うべき義務を負うというべきである。

(3) しかるに、Bは、一審原告のこれまでの取引傾向を無視し、適合性の原則に違背して本件ワラント取引を勧め、ワラント証券の複雑な仕組みや危険性等についての必要な説明をせず、取引説明書の交付もしないで、自分の勧めるワラント証券が絶対に間違いないとの断定的判断を提供して、ワラント証券の買い換えに応ずるよう執拗に勧誘し、東急不動産ワラントを購入させた後は、何らの助言も行わなかったのであるから、Bの右所為は前記各義務に違反するものである。

右Bの義務違反は、ワラント証券の売買という一審被告の業務の執行に関して、従業員であるBが行ったものであるから、使用者である一審被告は、民法七〇九条、七一五条に基づき、一審原告が被った損害について賠償責任を負う。また、第一審原告と第一審被告の本件各ワラントの売買取引において、第一審被告は第一審原告に対し、第一審原告に不測の損害を与えないようその取引対象物(ワラント債)について説明・助言を尽くすべき義務(その具体的内容は、前記一1ないし3に同じ。)を負っていたところ、第一審被告は右義務に反した結果、第一審原告に前記の損害を生ぜしめたのであるから、第一審被告は民法四一五条に基づいて、右損害につき債務不履行による損害賠償責任を負う。(右両者は、選択的併合の関係にある。)

(二) 一審被告の主張

(1) 一審原告の主張の義務は、一審被告が法的に負担する義務ではない。

有価証券の取引は、不透明な多くの要素によって変動する相場によりその損益が左右されるものであり、投資家の自己責任が原則である。投資家自ら調査研究のうえ投資対象を選定すべきであって、証券会社は、サービスの一貫として情報を提供するにすぎず、一審原告主張の説明義務等の義務を負うものではない。

また、一審原告のいう助言義務は、将来における価格の予知という予測不可能なことを前提とするものであって、成立する余地がない。

(2) Bは、一審原告の知識、投資経験等に則して、一審原告がワラント取引の適合性を有するものと認めた上、ワラント証券の性格、仕組み、危険性について十分な説明を行った。一審被告は、一審原告に対し、ワラント取引に関する説明書を交付し、一審原告からワラント取引に関する確認書の差入れも受けている。

Bにおいて、断定的判断の提供、執拗な勧誘を行ったことはなく、東急不動産ワラント購入後の値動きについても頻繁に一審原告に連絡している。

マップインベストメントの原状回復問題が惹起するまで、一審原告からワラント取引に関する異議は一切なく、一審原告は、ワラントの意義、特質を十分理解し、自らの判断で、取引を行ったものである。

(3) 東急不動産ワラントが、特殊で高度な危険性を有するとの主張は、当時の東急不動産の株価の値動きを無視した偏見に基づく見解である。

2 争点2について

(一) 一審原告の主張

一審原告の損害は次のとおりである。

ワラント証券三種の購入代金総額一六一四万二八一二円から、オムロンワラントと京セラワラントの売却額一〇〇三万二四〇一円を控除した実損害額六一一万〇四一一円

本訴提起のための弁護士費用六一万一〇〇〇円

(二) 一審被告の主張

実損害額は認めるが、その余は争う。

第三 証拠

証拠関係は、原審及び当審の各記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四 当裁判所の判断

一 争点1(一審被告の責任の存否)について

1 前提となる事実関係

前記争いがない事実、証拠(甲A二、六、八、一五、二一、甲B一ないし一〇、一二、一四ないし二三、検甲二ないし五、乙一ないし二一〈いずれも枝番を含む〉、証人B〈一部〉、一審原告本人〈一部〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件取引の経緯

(1) 第一審原告は、かねてから地元の証券会社を通じて株式取引を行っていたが、第一審被告と取引を始めた後の平成二年ころには、第一審被告に対し、総額約五〇〇〇万円の有価証券等を保護預かりとして寄託していた。そして、第一審原告は、敷地約五〇〇坪を超える自宅に住み、不動産賃貸業の経営により月額約四〇〇万円ないし五〇〇万円の賃料収入がある資産家であった。

昭和六二年一二月頃、一審原告は、一審被告堺支店のCの勧誘を受けて、株式の現物取引、投資信託等の取引を行うようになったが、信用取引、先物取引等は行わなかった。なお、一審原告の昭和六二年一二月以後の一審被告との取引は、原判決添付別紙「売買取引計算書」記載のとおりである。

一審原告の投資姿勢は、自ら銘柄を選んで買い注文を出したり、売却時期について指示をするようなことはなく、もっぱら上場株式の中から一審被告担当者の意見に従って取引をするという程度のものであった。

(2) 平成二年六月にCから一審原告の担当を引き継いだBは、一審原告に対して、株式、投資信託の購入を勧めるなどしていたが、一審原告は手持ちの株式の価格が下落していることから、新たな取引をさし控えていた。

Bは、一審被告のワラント取引勧誘の適合性についての内規(年齢七五歳以下であること、男性であること、無職でないこと、一審被告への預かり資産が一〇〇〇万円以上であること)に一審原告が適合すると考え、翌平成三年一月一四、五日頃、一審被告堺支店の方針で顧客に勧めることとなったオムロンワラントを一審原告に勧めるため、一審原告の自宅に電話をかけた。Bは、一審原告と二、三〇分程度話し、オムロンワラントの購入を勧誘した際、ワラントとは一定の価格で新株を購入できる権利であること、新株を引き受ける際には別途、所定の金額が必要であること、ワラントの価格は株価と連動するが、株価の値動きに比べて上昇、下落の幅が大きい、いわゆるハイリスク・ハイリターンの証券であること、権利行使には期限が決められており、その期限を過ぎればワラントの経済的価値はなくなること、外貨建てなので為替の変動の影響を受けることなど通り一遍の説明をした。そして、オムロンは業績が非常に良く、有望であるから値上がりした際、その儲け得る効率がよいということを中心に説明し、同ワラントの買付を勧誘した。Bは、同年一月一八日までの間に、再度一審原告方へ電話でオムロンワラントの勧誘を行い、さらに、一月一八日の営業時間終了後の午後八時前後に一審原告方へ電話をかけて勧誘し、一審原告からオムロンワラント三〇口の現金による購入の承諾を取り付けた。この三度の電話でのやりとりの中で、一審原告からワラントについての質問はなされなかった(なお、一審原告本人は、Bからワラントについて電話があったのは、取引を承諾した同年一月一八日の一度きりであったと述べているが、一審原告はBが一審原告の担当となってから約半年間一審被告との間で何らの取引も行っていないこと、一審原告本人自身、Bの執拗な勧誘に負けて購入を承諾したと述べていることなどに照らすと右供述部分はたやすく信用できない。)。

(3) Bは、一月二一日午前九時八分、本社に一審原告のオムロンワラントの買い注文を発注し、同月二五日、社外担当の阿佐が一審原告方を訪れて現金とワラント取引の確認書を一審原告の妻から受領した。

(4) 同年一月二九日の夜、Bは、一審原告方に電話をかけ、オムロンワラントの売却を勧めた。その際、一審原告から少しの利益が出ただけでもう売るのかという趣旨の疑問が呈されたが、Bは、「利益が出ているので取っておきましょう。」と一審原告を説得し、結局、一審原告は一月三〇日、Bの勧めに従ってオムロンワラントを売却し、この取引で一四万六八二三円の利益を得た。

Bは、一方で、京セラのファインセラミックが好調であるとして、同年同月末ころ第一審原告が保有している割引国債(原判決添付別紙売買取引計算書No.2の番号2)、新日鐵の株式六〇〇〇株(同売買取引計算書No.3の番号1及び同売買取引計算書No.4の番号2)と小野薬品の転換社債(同売買取引計算書No.3の番号11)を売却して、京セラワラントを購入することを勧め、一審原告はこれにも従い、合計約三一七万円の売却損を出してこれらの証券を売却し、その代金を購入資金として、一月三一日、京セラワラントを購入した。なお、同年二月一八日、Bが一審原告方に電話をかけ、一審原告に対し、京セラワラントの売却を勧めた際にも一審原告はBの右勧めに従った。

(5) 同年二月二五日夜、Bは、一審原告方に電話をかけ、マンション販売等が好調で業績が良好であるとして、東急不動産ワラントの購入を勧めた。この時、Bはその約一週間前に、同じくBの勧めに従って第一審原告が購入していた三菱電機の転換社債(原判決添付別紙売買取引計算書No.4の番号10)を売却し、この売却代金を右購入資金に充てればよい、右転換社債の売買に関しては売却損が生ずるが(右時点で売却すると約八万円の損が生ずることになる。)、東急不動産ワラントの価格の上昇が見込め、これが十分期待できるから右売却損も取り戻せると述べて勧誘した。右内容の勧誘に対し、第一審原告は右転換社債を購入して間なしであるので右売却することを渋ったが、結局、Bの右言を信じて三菱電機の転換社債を売却し、その売却代金を購入資金として東急不動産ワラントを購入することを了承した。

東急不動産ワラントは、平成三年二月二六日の購入時点でもほとんど取引が行われておらず、右時点で一九・〇ポイントの単価であったものが、その後、その価格も下落し、権利行使期限(平成五年六月三〇日)まで二年を切った平成三年六月以降は、五ポイントを下回り、同年一〇月頃に、わずかな値戻しをみせたものの、平成四年に入った頃には実質的に無価値となった。しかし、Bは第一審原告が東急不動産ワラントを購入後、同ワラントについては、売り時等について、一審原告に助言をすることは一切しなかった。

(6) その間、一審被告から一審原告宛に平成三年五月三一日付け、同年七月三一日付け、同年八月三〇日付け、同年一一月二九日付け、平成四年二月二八日付け、同年五月二九日付け、同年八月三一日付け、同年一一月三〇日付け、平成五年二月二六日付けで、「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」、同年四月三〇日付けで「ワラント時価評価のお知らせ(控)」の各書面が送付された。右書面の表面には、東急不動産ワラントの買付時の明細と時価評価として、気配値(ポイント)と時価評価額、評価損益が記載され、括弧書きで権利行使期限と行使最終受付日が記載されているものもあった。また、裏面には、ワラントの内容について、その特色、価格変動の特質と危険性、権利行使期限、為替の影響等の説明が記載されていた(もっとも、一審被告から一審原告に交付された外国証券取引報告書(甲B一〇の1ないし5)には権利行使期限の趣旨であるのに「償還日」として記載されている。)。

一方、一審原告は、これらの書面末日に記載された時価評価額、権利行使期限等を確認した旨の確認書や時々送付されてくる証券等の残高明細の回答書等に、その時点での現在高等は第一審原告の不服の有無にかかわらず、そのとおり間違いないのであろうと考え、右送付されてきた各書面に記載されている金額等の数字はそのとおりであることを認める趣旨で署名押印して一審被告の堺支店に返送するなどしたが、いずれそのうちにBの方から連絡があるだろうと安易に考え、東急不動産ワラントの売却処分等については自ら積極的に売り時のアドバイスを求める等の措置も取らず、また、Bに対して東急不動産ワラント買付について異議や苦情を述べることもなかった。

(7) 平成四年一一月、Bは、一審原告に対して、前担当者のCが一審原告に売却していた一審被告の自社商品であるマップ・インベストメントの劣後性の説明が十分でなかったとして、原状回復を申し入れた。その際、一審原告は、東急不動産ワラントについても損失補償するように要求したが、一審被告はワラントの損失補填はできないとして拒否した。

(8) なお、証人Bは、平成三年一月一八日の昼頃、一審原告方を訪問し、一審原告に読んでもらうようにと言って、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙三)を一審原告の妻に渡したと証言しているが、一審原告本人は、これらが一審被告から送られてきたのは、平成四年に入ってのことである旨供述していること、証人Bの右証言を裏付ける客観的証拠もないことなどに照らすと、Bが事前に右のワラントに関する説明書を一審原告に渡していたとまでは認め難く、一審原告がこれらの書面を受領したのは、平成三年末ないし同四年になってからであると認めるのが相当である。また、平成三年一月二一日付けの一審原告作成名義の「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙二・右確認書には「私は、貴社から受領した「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引を行います。」との記載がある。)は、同年一月二五日に一審被告の社外担当の阿佐社員がオムロンワラント代金の集金に赴いた際に、一審原告の妻に署名押印を求め、同人が一審原告が了解しているものと誤信して内容を理解しないまま、署名押印したものと認められるので(甲B一六の1、一審原告本人)、右の署名押印の点から、一審原告が一審被告から事前に「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」の各書面の交付を受けていたと認めることもできない。(第一審被告は右確認書の用紙は、国内新株引受権証券取引説明書及び外国新株引受権証券取引説明書(乙三号)から切り離すことになっているものであるから、第一審原告(の妻)の署名捺印がなされた右確認書(乙二号証)が存在することは、右一月一八日昼ころにBが第一審原告の妻に右確認書付き各説明書を交付したことは間違いないと主張する。しかし、右確認書は、右のとおり、阿佐社員が第一審原告の妻に署名を求め、同女の署名を得て交付を受けたというのである(第一審原告が既に署名していたものでない。)から、その前に右各説明書が第一審原告に交付されていたと即断することはできないし、また、第一審被告の主張のとおり、Bが一月一八日(金曜日)昼頃に第一審原告方を訪問し右各説明書を第一審原告の妻に交付したとしても、右時点までにBが第一審原告に対してワラントについて説明したのは電話による比較的短時間の通り一遍の内容だけであって直接会って説明をしていないのであるから、第一審原告が同日の午後八時前後までの間に右各説明書を妻から受け取りこれに目を通し、その内容を十分に理解したうえでワラントの注文を出したとするには相当な疑問が残る。Bとしては、直接第一審原告と会って説明書の内容について具体的に説明すべきであったというべきである。

(二) ワラントの性質、内容等について

(1) ワラントとは、商法三四一条ノ八に規定する新株引受権付社債のうちの新株引受権証券のことであり、分離型ワラントは、ワラント部分(新株引受権証券部分)が社債部分から分離されたもので、ワラント発行時に予め決められた一定の権利行使期限内に額面金額を払い込むことによって新株の取得ができる権利を表章する証券である。非分離型のワラントは、昭和五六年の商法改正によって認められていたが、分離型ワラントは、昭和六〇年一一月から国内においても発行されるようになった。ワラントとしての特質は分離型において、よく発揮されるものであることから、現在では分離型ワラントが主流となっている。

(2) ワラントは、原則としてその価格が株価に連動するが、株価の変動率以上の値動きをする傾向があり、株価が上昇傾向にあるときは、ワラントは、株式の先高感を反映して大きく上昇し、いわゆるプレミアムが大きくなるため、少額の資本で多大な利益を上げられることになり、有利な投資商品となるが、株価が権利行使価格とワラント取得価額の合算より低下すると、メリットはなくなり、価格は大きく下落する。そして、権利行使期限まで二年を切ると、ほとんど取引が行われなくなって投資価値が失われ、権利行使期限を徒過すると、ワラントの権利行使はできないまま、失効消滅してしまうという特質を有する。したがって、ワラント証券は、いわゆるハイリスク・ハイリターンの金融商品ということができる。

(3) また、ワラントの価格はポイント(ワラント証券額面のパーセント)で表示され、パリティ(理論価格)やプレミアム(現実の価格とパリティとの差)の計算も単純ではない上、外貨建のワラントでは、為替相場変動のリスクも伴うなど、より投機性が高い。したがって、通常の国内株式取引とは異なった知識、経験が要求され、証券が無価値化してもこれに耐え得る経済力が必要となる。

(4) なお、外貨建のワラントの売買価格は当初一般に公表されていなかったが、平成元年五月以来、代表銘柄については店頭気配値が日本証券業協会から毎日発表され、平成二年九月二五日以降は、日本相互証券から銘柄ごとの売買注文の情報が発表され、日本経済新聞等にも毎日掲載されるようになっている。

2 ワラント取引における証券会社の注意義務

(一) 一般に、証券取引は、本来的に危険を伴うものであって、証券市場を取り巻く政治的、経済的、社会的な複雑多様で不透明な要素によって市場価格が形成され、証券会社から提供される各種の情報もあくまで将来の見通しにとどまるものであるから、投資家自身において、その取引の危険性の有無や程度、それに耐え得る財産的基礎を有するか否かを判断すべきものである。

しかしながら、一般投資家は、高度の専門的知識、豊富な経験、多量の情報等を有する証券会社の勧誘や助言等を信頼して証券取引に参入しているのが現状であるから、このような一般投資家の信頼は十分に保護されるべきである。

証券取引法における各種の規制やこれに基づく通達、日本証券業協会制定の自主規制規則等(甲A八参照)もこの趣旨に出たものと考えられる。

(二) してみると、証券会社(ないしその社員)が、投資家に対して証券取引を勧誘するに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、投資意向、経験、資力等に照らして、当該取引を勧誘することが不適当ではないかを判断(適合性の原則)した上、投資家において正しい認識、理解の下に当該取引を行うか否かを自主的に決定できるよう、当該取引の仕組みや内容、その利益やリスクについての的確な情報の提供や説明を行う説明義務があるというべきである。また、証券会社を信頼してその勧誘に応じて取引をなした経験不足な投資家が、取引後においても証券会社に対して情報等の提供を期待しているような具体的な関係がある場合には、証券会社としては説明義務の延長としてまた信義則上、取引後においても適切な助言をなすべき義務があるというべきである。

とりわけ、本件外貨建ワラント取引の場合、前認定のようにワラント自体の性格、取引の仕組みや内容、価格形成のメカニズム、為替相場の影響等他の取引とはかなり異なった取引の特徴があり、権利行使期限の定めがあることや、期限までの期間の長さによっては経済的価値がなくなるなどのリスクが極めて大きいという特質が認められるのであるから、証券会社としては、右適合性の原則に従って投資家の選別を行い、ワラント取引の右のような特徴、特質、危険性について十分な情報提供や説明を行い、理解をさせるように努めるべきであり、また投資家との具体的な事情に応じて取引後においても適切な助言をなすべきである。

そして、証券会社やその社員が右義務に違反し、これがため投資家が損害を被った場合には、不法行為を構成すると解するのが相当である(なお、一審原告は、外貨建ワラントの発行が脱法行為であるとか、公序良俗違反であるなどと主張するが、本件各ワラントの取引が証券取引法にいう「売出し」に該当する事実を認めるに足りず、したがって、第一審原告のいう脱法行為の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。また、ワラントの発行、流通は、わが国の法制度において認められているものであるところ、第一審原告は、ワラント取引が、機関投資家・事業法人以外の一般投資家向けに販売されるに相応しい条件(環境)即ち①証券面上の文言が日本語で記載されていること、②売買が公開市場で行われていること、③売買価格が毎日一般新聞で公表されていて売買の判断に供しやすいことの三つが具備されていないから、ワラントの右一般投資家向け取引は公序良俗に反すると主張するが、法は右条件を設けておらず、右条件(環境)が整備されていないということのみで直ちに本件各ワラントの取引が公序良俗に反するということはできず、第一審原告の右主張は独自の見解というべきであって採用できない。

3 そこで、以上認定の事実及び説示に従い、一審被告(ないし社員であるB)に適合性の原則に違背する所為があったか否か、説明義務等違反があったか否かについて検討するに、

(一) 前記認定事実によると、一審原告は、株式の現物取引については相当期間の経験があり、マンション経営なども手掛けるいわゆる資産家であって、株式会社の取締役を務めたこともあり、金融、経済についてある程度の知識を有するものと認められるから、Bにおいて、一審原告がワラント取引に適合すると考えたこともあながち不当ということはできない。そして後記(二)に述べるとおり、第一審原告は、本件各ワラントの取引を行うまで信用取引等の危険性の高い証券取引の経験はなかったのであるから、第一審被告の社員から外貨建てワラントの取引を勧められた際、自己の取引方針に反するとしてこれを拒絶することができた(第一審被告の社員が右勧誘を強引あるいは執拗に行い、第一審原告がやむなく本件ワラント取引に応じざるを得なかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。)にもかかわらず拒絶しなかったことは幾らかの投資意向の表明があったものと解されるところ、第一審被告の社員Bにおいて、右の如き投資意向を含めた諸事情を総合考慮して第一審原告が外貨建てワラント取引に適合すると判断したことをもって違法であるということはできず、また、右のとおり適合すると判断したことに重大な過失があるということもできない。

(二) しかし、他方、一審原告は、信用取引、オプション取引、先物取引等リスクの高い投機的取引は、従前には経験がなく、株式の現物取引においても、自己が銘柄を指定して買い、あるいは売り注文を出していたということはなく、もっぱら一審被告社員の勧めに従って取引を行っていたにすぎず、従前株式会社の取締役を務めた経験はあるものの、その業務は営業担当であり、会社の資金調達面についての理解が深かったとも認め難い。

そうすると、一審被告としては、一審原告と外貨建ワラント取引を開始するに当たっては、一審原告に対して、ワラント取引の仕組みや内容、価格形成のメカニズム、為替相場の影響等前述の特徴、特質、危険性について十分に説明し、理解させることが必要であったといわなければならない。

しかるに、Bは、オムロンワラントの購入を勧める間に、ワラントの取引の内容、仕組み、危険性などについてわずか二、三〇分程度の電話による会話で概括的説明を行ったにすぎず、その後の勧誘ではもっぱらオムロンワラントの有望性についての説明に終始し、事前に一審原告に対して「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」の交付もしていない、仮に交付していたとしてもその内容を十分に理解し得るような具体的な措置を執っていないのであるから、一審原告にワラント取引を勧誘するに際し、ワラントが投機性の高い金融商品であり、権利行使期限が経過すると、無価値となるなどの特質を十分理解させた上で、オムロンワラントの取引を行ったものとは到底認め難く、したがって、Bが説明義務を尽くしたものとは認められない。その後の京セラワラント、東急不動産ワラントの買受けの勧誘に際しても同様であったということができる。

(三) また、Bは、オムロンワラント、京セラワラントについては、逐一売り時等についても一審原告に指示してそれに従わせており、ワラント販売時に一審原告に対し、ワラントの特性、危険性を十分に説明しなかったことも相まって、一審原告自身ではワラント取引について適切な判断をなし得ないことを十分認識していたはずである。その上、右のオムロンワラントは購入(一月二一日)後一〇日ばかりで売却し、右売却の翌日(一月三一日)には、その資金のために国債や株等を売却したうえ、京セラワラントを購入し、京セラワラントは二〇日ばかり後(二月一八日)に売却し、それから数日後(二月二六日)に本件東急不動産ワラントを購入しているのであるが、これら第一審原告の一連の取引(国債等の売却も含め)はいずれもBを信用し、その勧誘に異を挟むことなく即応したことによるものである。すなわち、Bは右のとおり第一審原告が右オムロン及び京セラの両ワラントを購入した直後には第一審原告に対して即座といっても過言でない時期に右両ワラントの売却を指示して、それに従わせていたのであり、更に、購入直後の三菱電機の転換社債を売却してその売却代金を購入資金として東急不動産ワラントを購入するよう勧め、右転換社債の売り買いにより生ずる売却損は投資効率のよい東急不動産ワラントの購入によって取り戻せるという内容の勧誘をしており、第一審原告は売却損が出るので右売却を躊躇したものの、Bから右のような断定的判断に近いといえる勧誘文句に従い東急不動産ワラントを購入したのであり、このような取引経過及び両者の関係からすると、第一審原告としては東急不動産ワラントについてもBからその売却等の処置につき当然指示・助言をもらえるものと期待していたとするのが自然の流れであり、他方、B(第一審被告)としては、第一審原告の右のような期待を十分理解していたというべきであるから、説明義務の延長として、又は信義則上右期待に応じるべく適切な措置を執るべき義務があったというべきである。しかるに、Bは、東急不動産ワラントが値崩れを起こすや、第一審原告と具体的な連絡を全く取らなくなり(各時点で、ワラントの時価評価を記載した書面を送付するのみであった。)、結果として、ワラントの権利行使期限まで徒過させてしまったのである。

(四) してみると、Bの一審原告に対する本件ワラント取引の勧誘及びその後の態度は、前述の説明義務等に違反しているから、不法行為を構成するといわざるをえず、したがって、一審被告は、Bの使用者として、民法七一五条に基づき、一審原告に対し本件ワラント取引により一審原告が被った損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

二 争点2(一審原告の損害)について

1 本件ワラント取引に伴う第一審被告の説明義務等違反の行為によって一審原告が被った損害は、本件ワラント取引によって被った全損害額から、これにより得た利益分を控除した額(前記の実損害額即ち六一一万〇四一一円―当事者間に争いがない金額)と解するのが相当である。

そうすると、一審原告は、その主張のとおり、金六一一万〇四一一円の損害を被ったものと認められる。

2 ところで、前記認定事実によれば、一審原告は、本件各ワラント購入時、ワラントについての知識を全く有しなかったのであるから、Bから勧誘された際、適宜質問するなり、他の方法で研究するなどしてその特質、危険性について理解する努力をすべきであったのにこれを怠り、平成三年五月以降にはワラントの取引に関する「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」を受け取りながらも、その記載内容には無頓着な態度を取り、東急不動産ワラントの価格が値崩れを始めた後も、Bが従前のようにいずれ何らかの指示をしてくれるものと思い込み、「お知らせ」の末尾の「確認書」に署名して一審被告の堺支店に提出するなどし、漫然と東急不動産ワラントの権利行使期限を徒過してしまったものであるから、本件の損害の発生、拡大については一審原告にも相当の過失があったものというべきであり、右の諸点を斟酌すると、一審原告の右損害(六一一万〇四一一円)のうち三割を減じるのが相当である。第一審被告は、平成三年一月ないし三月ころ、ワラント取引の仕組み、特性、リスク等に関する新聞記事が繰り返し掲載され一般に周知されていたから、第一審原告のワラント取引に関する知識は相当程度高度なものとなっていた旨主張する。しかし、新聞紙上に右内容の記事が掲載されていたことをもって、第一審原告が、自ら積極的に東急不動産ワラントの買付けをなし、かつ売却について適切な判断をなし得る知識を有していたと即断することはできない。また、第一審被告は権利行使期間が二年を切ったワラントも二年以上の行使期間のあるワラントと同様に合理的な時価で売買できると主張する。一般理論上はそうであるにしても、それまでワラント取引を一度も行ったことのない第一審原告にとって、ワラント価格がどのような期間(サイクル等)に、どうのような価格変動(上昇・下降の幅等)をするのか、これに為替変動が加わるとどのような値動きをするのかという点については全く未知であったのである(第一審原告は、東急不動産ワラントの購入前にオムロンワラント及び京セラワラントを各購入したが、Bの指示どおり、いずれも極く短期間のうちに売却してしまったから、第一審原告においてワラントの価格につき右事項等を検討する時間的余裕もなかったといえる。)から、二年以内の短期間にその売却時期、価格の判断を自ら行うことは二年以上の行使期間があるワラントについて右判断を行うことよりも困難であり、また、行使期間が長ければ長いほど一般的にはその期間中に値戻しする可能性も増えるから、東急不動産ワラントは右の意味で不利なワラントであったといわざるをえず(Bはこのようなワラントを第一審原告に購入させた)、第一審原告において自らの判断で、適切で相当な売却時期・価格を決することができたということはできない。さらに、第一審被告は、それではいかなる時点でいかなるポイント単価となった場合に第一審原告に東急不動産ワラントの売却を指示・助言すべきであったのかと主張するが、第一審被告においても顧客にとって最良の時期(最高の売却利益を確保できる時期)を指示・助言することは不可能であるとしても、前記一1(一)(5)のごとき内容の勧誘をした以上は、いわゆる損切りも止むを得ないものとして第一審原告にとってできるだけ損害が少額で済む頃合いを見計らって売却の指示・助言をすることが当然期待されたといえるのであり、これは、顧客が第一審被告に不可能を強いるものであるというのであれば、そもそも第一審被告において少なくとも本件東急不動産ワラントにつき、前記一1(一)(5)のごとき方法・文句を使用して勧誘すべきでなかったというべきである。他方、第一審原告は本件において第一審被告の行為は、脱法行為あるいは公序良俗違反に該当する内容のものであるから安易に過失相殺すべきではないと主張するが、前記一2に認定のとおり第一審被告の行為、態度が脱法行為あるいは公序良俗違反に該当するとはいえず、右理由から第一審原告に生じた損害について過失相殺の処理を行うことを否定することはできない。

3 そうすると、第一審被告において賠償すべき第一審原告の損害額は、右損害の七割に相当する四二七万七二八七円(円未満切捨て)となる。

また、本件訴訟の内容、審理の経過及び認容額等にかんがみると、弁護士費用としては、金四〇万円が相当である。

第五 結論

以上のとおりであって、第一審原告及び第一審被告の本件各控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

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